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窓を開けなくなった日本人

このまえ取材で東京・国分寺にあるカフェ「胡桃堂喫茶店」を訪れた。

書店が併設されていて、本棚にはおもしろそうな本が並んでいる。そのなかで一冊、目に止まった本があった。それが『窓を開けなくなった日本人 住まい方の変化六〇年』(渡辺光雄著/農文協刊)。日本の戦後60年の急激な変化をとげた住生活について綴られている、マニアックな本である。興味深いタイトルに惹かれて手に取り、パラパラとめくってみると、うん、おもしろそう、と即決で購入。

もともと建物や空間というものに興味があり、引っ越しする予定がなくても物件情報を見るのが趣味である私。特に古い建物に惹かれる。洋風であれば教会や石造りの建物、和風なら寺社や木造の古民家、明治・大正の頃に建てられた和洋折衷の洋館も大好物。それらに共通するのは、素材が自然物であることと、使い手・住まい手のことを考えられているところだと思う。

逆に苦手な建物は、よくある賃貸アパート。初めて実家を出て住んだ家は、どこにでもありそうな賃貸アパートだった。引っ越して数日すると、だんだんと耐えられなくなった。それはビニールのような床や壁、扉やキッチン、お風呂など空間のあらゆるものを通して、プラスチックに囲まれているような感覚になり、気持ちが沈んでしまったのだ。おそらく、そうした素材は安価で、かつ早く効率的に建設できるのだろう。つまり住む人の心地よさよりも、つくる・売る側の利益が優先されているように思えてならない。(結局、その家は半年ほどで引っ越すことになった。)

『窓を開けなくなった日本人』では、その実態を教えてくれた。

「使用者を特定しないで計画される建売住宅やアパートからは、このような価値(使用価値)のある空間がとかく軽視されてしまう。むしろそれらの評価よりも部屋数や価格といった住宅を『商品』として判定する場合の価値(交換価値)が重視される。こうして表面的な価値が勝る『商品』のほうが次第に増加し、日本の家並み景観を、さらに日本人のそれまでの住まい方をも変えていったといえるのである。」

そこに至るまでの歴史的な背景も記されており、戦後、人口が増え、特に東京は住宅が足りなくなり、家を急いでつくる必要があった。同時に、安価で便利な素材が開発され、欧米の影響も相まって、木造平屋からコンクリートの洋風(あくまで「風」であり、中途半端なデザインにとどまっているのが残念でならない)の家や団地などが増えていったようだ。

昨日は取材で軽井沢にできる新しい学校「風越学園」の理事長・本城愼之介さんのもとを訪れた。「風越学園」は2020年の開校に向けて、校舎を絶賛工事中。その建設予定地は広大な敷地だった。といっても校舎はそんなに大きくなく、ほとんどが森だ。校舎は浅間山が見えるように設計され、昨日も快晴のなか見事な浅間山が見えた。子どもたちは毎日この景色を臨むことになる。なんて贅沢なのだろう。

利益のために適当なものがつくられるこの世の中で、丁寧に思いをこめてつくる人たちもいる。できれば後者のそばにいられると、いいなあ。

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